伝わる文章と響く文章と誤読の狭間

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ブログでもWebライターでも伝わる文章を書くというのは非常に大切だと思います。

ただし、ターゲティングをした上で伝わる文章を心がけることが必要であると思っています。ターゲティングから逸脱した方が読んだ時には完全に伝わらないというのは致し方無い場合も当然あるもの。

でも伝わる文章とターゲティングの問題に行き当たる物書きって結構いると思いますが、いかがお過ごしでしょうか?

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ターゲティングを行えば響く文章になる

例えばSEOのことを書くにしてもある程度SEOを理解している人をターゲットにして書くのかそれともこれからWeb関係の仕事につく人(つまり初心者)に対して書くのか、中身は結構変わってきますよね。

  • SEO中級者へ向けて書く内容=例えば被リンクという言葉を使っても違和感無く伝わる
  • SEO初心者へ向けて書く内容=例えば被リンクという言葉を使った場合、伝わらない可能性がある

被リンクという言葉1つにしてみてもSEO中級者へ向けて書く記事であれば被リンクという言葉の説明をしなくても問題ないでしょうが、SEO初心者に向けて書くのなら被リンクという言葉の意味から説明しなければ伝わらないでしょう。

何かを書く場合、多くの人に読んでもらいたい思う人も多いと思いますが、多くの人に向けて書く場合は基本的に誰にでも伝わる文章を書く必要性が出てきて、これが案外難しいものだと思っています。また多くの人に読んでもらいたいために伝わりやすい文章を書こうと思えば思うほど伝わるかもしれませんが響かない文章に最近はなっているような気がして悩むところです。注釈や説明が増えすぎて。

逆にどんな人に読んで欲しいかをきちんと明確にして書く文章は明確にしていない文章よりは専門的な言葉が出たりもしますが、読んで欲しいと明確にした人に対してより響く内容になると思っています。

  • より多くの人に向けて書く文章=響きにくい内容になる
  • どういう人に対して読んで欲しいか明確にした文章=響きやすい文章になる

内容が伝わらないことを他人のせいにすると成長が無くなる

内容が伝わらないことを他人のせいにしては物書きにとって、成長が止まることだと言う人もいます。

これは確かにそういう部分はあると思うんですよ。

でもターゲティングをした場合、ターゲティングした人以外の人の反応が伝わらないということであった場合、ある意味ターゲティングの成功でもあるんですよね。

しかしそれが本当にターゲティング以外の人の反応だったのかそれともターゲティングした人の反応だったのか見極めるのって結構難しいんですよね。というよりもわからないことの方が多いでしょう。例えばECサイトで会員属性をきちんと持っているところならアクセス解析である程度はわかりますが、普通のブログやWebメディアで会員属性を持っていないと難しいところ。

伝わらなかったのか、それともターゲティング違いの反応なのかこれを見極める目って最近は凄く重要だと感じています。

これを見極められないと内容が伝わらないのはターゲティング外の人だ!とか逆にもっと文章を伝わるようにしなければ・・と泥沼に落ちることもあるのかな?と。

誤読の問題・人は自分が望むように読む

もう1つの問題が誤読の問題。

明らかにそんなことは書いてないのに拡大解釈や縮小解釈(という言葉があるのかはわからないけど)をして誤読をする人もいます。

それに多くの人は自分の望むように読むということを知らずの内に行ってしまいます。そんな主張はしていないのに、何でそう解釈するのかな?と思うような批判コメントを読んだことはないでしょうか?

これも人によっては自分の書き方が悪かった、伝わらない書き方をしてしまったから誤読をされてしまったと思う人もいるでしょう。

確かに書き方の問題が無いということまでは言えない場合もあります。しかし明らかに誤読だろう!と人の文章については思えるものの自分の文章に対しては主観も入るために客観的に判断出来ない場合もありますよね。

また強い言葉や大きな主語を使えば誤読されることは多くなりますし、趣旨が伝わらなくなることもあり誤読される可能性はより強くなります。しかも炎上や釣りのためにわざと行う人もいるのが面倒なところ。

結局は自分次第で良いんじゃない?

で結局何が言いたいのかよくわからなくなっていますが、伝わる文章ということで常に試行錯誤することは非常に大切です。これを行わないと確かに成長は無いと思います。しかしきちんと誰に向けて書いているのか明確にしていない文章は結局は誰にも響かないものにもなりやすいでしょう。またターゲティング以外の人には誤読されることも多々ありますし、真意が伝わらないことも多々あります。

しかしターゲティングをした人に対して伝わらない、誤読が生じたと思った場合でもそれが本当にそうだったのか見極めることが大切なのかな?と。

だからいつでも自分の書いた文章に試行錯誤することは大切だと思いますが、それは答えが出ることの無い自分への挑戦でもあるのかな?と。

それに自分の書いた文章でもそれを誰にでも読める環境に出した瞬間、それをどう読むかは読み手の問題であり、どんな読み方をされてもそれは当然なこと。

結局は自分次第の考え方になるんじゃないのかな。とどうしようも無い答えで締めくくりたいと思います。

というよりも答えなんか出せないですよね。文章というのは本当に奥が深いものであり答えなんて出せないものだから。

ピカソの絵に何十億円という価値を見出す人もいれば1円の価値も見いだせない人もいる、文章もそういうものじゃないのかな?だからと言って自己満足で終わったら成長は無いということで自分がどこで満足をするか、それによって文章力は成長もするし衰退もするんですよね。

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